『わたしを離さないで』 カズオ・イシグロ 土屋政雄=訳
本日の記事にはネタバレが含まれるので注意してください。
今日の書評は、2017年にノーベル文学賞を受賞した、カズオ・イシグロのベストセラー、『わたしを離さないで』。
優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。
生まれ育った施設へールシャムの親友トミーやルースも「提供者」だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度……。
彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく。
作品紹介
この作品の視点は一貫してキャシーからのもので、幼少期から看護人として勤めるようになるまでを振り返っていく形で描かれています。
ヘールシャムと呼ばれる施設では彼女たちにとってあたりまえの、しかしどこかで違和感を覚える日々。
その影を落としたような日常は彼女らの体とその使命にまつわる真実を携え、ゆっくりと流れていきます。
そしてあることをきっかけに、救いようのない事実がつきつけられ彼女らはそのことと向き合って生きていきます。
ワンポイント
この物語に登場する人物たちはあくまで、普通の人間として描かれています。
大切な思い出、抑えきれない感情。一人ひとりがそういうのものを大事に抱えた私達となんら変わらない人々。
ただ一点違うのが、彼女たちは臓器提供の為に作られた「提供者」であるということのみなのです。
そしてその運命は最後まで変わることはありませんでした。
この物語は言ってしまえば悲劇なのでしょう。
読み終えたとき私が抱いたのは虚無感に似た寂しさ。古い友人を亡くしたような喪失感。
しかしそれらがキャシーたちの愛しい日々をより鮮やかに読み手の心に映しているのです。